さて、今回は「アンカリング効果」を取り上げます。
アンカリング効果とは、はじめに提示された情報や数値が印象に残って、基準(アンカー)となり、その後の判断に影響を及ぼす心理傾向のことを言います。人が最初に得た情報によって、それを基準とする範囲に縛られた判断をしてしまう様子を、錨(=アンカー)を降ろした船が繋がれた範囲でしか動けないことに例えて、この名がついたそうです。
アンカリング効果は、行動経済学の発展とともに注目され、最近ではマーケティングへの応用ができることから、その名が知られるようになってきました。この効果を証明し、有名にしたのは、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン博士たちの実験です。
実験を単純化すると、
1)被験者に0から100までの数字が書かれたルーレットを回してもらう。
2)このルーレットは、10か65に止まる仕掛けになっている。
3)止まった数値を見た後に次の質問をする。
1.国連でアフリカ諸国が占める割合は、ルーレットで出た数値(10%または65%)
よりも高いか、それとも低いか?
2.国連でアフリカ諸国が占める割合は何パーセントか?
というものです。
結果は、10で止まった被験者の2.の回答は平均25%、60では平均45%でした。ここで使われた「10」「60」は、「国連でアフリカ諸国が占める割合」とはなんら関係のない数値です。しかし、結果からは、この数値が回答に影響を与えています。
このアンカリング効果は、消費者の購買行動にも影響を与えることからマーケティングでも注目されています。
例えば、50,000円のスーツを買おうかどうかを考える場合、単に「定価 50,000円」と表示されていれば、ブランド、製品の品質や利用価値などから判断します。
しかし、「定価 100,000円 → 特別価格 50,000円」と表示されていれば、先に提示された「定価 100,000円」という情報がアンカーとなり、「50%、50,000円も値引きされている!すごくお買い得」と感じてしまうことがあります。
この場合、本来なら、評価すべきブランド、製品の品質や利用価値などよりも、価格や割引率といった数字に注目してしまうのです。私も身に覚えがあるので、「定価」がアンカーになって、こうした心理効果があることには納得してしまいます。
さらに興味深い実験結果も報告されています。被験者に、100、1,000、10,000という数字の入ったカードを一枚だけ引いてもらい、その後、ボールペンの価格を予想してもらいます。
小さな数字を引いた人は低い価格を予想する傾向が、大きな数字を引いた人は高い価格を予想する傾向が見られました。これは、先ほどの話と同じですが、ボールペンの品質を評価してもらうと、小さな数字を引いた人からは書き味が悪い、安っぽいといった意見があり、一方、大きい数字を引いた人からは高級感がある、手が疲れにくいなどの意見があったそうです。
品質とは全く関連の無いカードの数字でさえも、アンカリング効果の要因となり、価格判断や品質判断に影響を与えているのです。
医療の場合でも、医師が患者さんに
1)この薬剤では、副作用で10%の方に問題が起こります。この薬を使ってよいですか?
2)この薬剤では、90%の方に副作用は起こりません。この薬を使ってよいですか?
と聞いたとします。
1)も2)も同じことを違う表現で伝えていますが、「副作用で10%の方に問題が起こる」「90%の方に副作用は起こらない」がアンカーになるので、感じ方が違うでしょう。これもアンカリング効果の一種です。
医薬品マーケティング・コミュニケーションでも、コピーやコンテンツを作る上で、アンカー効果を意識することで、創意・工夫ができる可能性があるのでないでしょうか?