さて、今回は55年も前に登場した言葉「マーケティング・マイオピア」を取り上げます。
マーケティングを学ぶ際にはよく登場する言葉で、ご存知の方も多いかもしれませんが、ビジネスを考える上で非常に示唆に富む考え方なので、ご紹介したいと思います。
「マーケティング・マイオピア」とは、1960年刊行のハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文で、セオドア・レビット博士が使った言葉です。
当時は、欧米においても顧客志向はなく、プロダクトアウト志向であったり、製品の「機能」中心の時代でした。
そのような時代にもかかわらず、レビット博士はこの論文で、「製品そのものではなく、その便益により顧客満足を追求することで、企業は成長する」という主張をしました。
この考え方は今となっては当たり前ですが、当時の状況から考えればすごい慧眼を持った考えでした。この論文は非常に注目を集め、現在のマーケティングの礎ともなっています。
ここで博士が使った「マーケティング・マイオピア」とは、事業を「近視眼的に見ること」で衰退したいくつかの事例を取り上げています。
最も有名なのは米国における鉄道会社の衰退の事例です。
米国の鉄道会社が衰退したのは、自らの事業を「鉄道事業」と定義し、「輸送事業」と定義しなかったことに原因があると指摘しています。
当時の鉄道会社は、顧客が「輸送」という「便益」を求めているにもかかわらず、「鉄道だけでそれを実現する」という近視眼的な発想しかありませんでした。そのため鉄道以外の輸送手段を事業化することを考えませんでした。
その結果、顧客のニーズを満たすことができず、航空会社や自動車会社など他の事業者によって「輸送手段」が取って代わられたという事例です。
逆に言えば、事業ドメインに固執することなく、顧客の「便益」という観点からニーズを把握し、事業ドメインを定義し直すことで、生き残りや更なる成長の可能性があることを示唆しています。
ところで、皮肉なことに、鉄道会社から市場を奪った航空会社も、いつしかマーケティング・マイオピアに陥っています。
米国を代表する産業にまで成長した航空会社各社は、「人だけを運ぶ航空会社」と定義した結果、過当競争から次々と経営危機に追い込まれていきました。
そんなとき、Fedexが同じ飛行機を使った「ハブシステム」という革新的な物流システムを考案し、新たなビジネスモデルを確立しました。
しかし、どの航空会社からもこのビジネスモデルは出てこなかったのです。
この事例は、成功したビジネスやマーケティングであっても、「顧客の便益は何か?」「自社の事業は何か?」を常に考え、また、見直しを続けることが重要であることを示しています。
医薬品マーケティングにおいても、「顧客志向」という考え方は浸透していますが、ともすればうっかり製品志向に陥ってしまうときもあり得ます。
ちょっと行き詰ったり、なかなかうまく成果が出ないときは、「自分はマーケティング・マイオピアに陥ってないか?」を自問自答してみてはいかがでしょうか?