さて、今回は「選択肢過多」を取り上げます。
一般に、品揃えが豊富なほど顧客に選ぶ喜びを与え、商品を選んでもらえる機会が増えることから、品揃えをはじめ色・サイズ等のバリエーションを充実させることがマーケティングの重要な施策となっています。
しかし、逆に、選択肢が増えれば増えるほど、選択することが難しくなってしまい、迷いやストレスが増えてしまうことも経験しているのではないでしょうか。これが「選択肢過多」です。
その結果、顧客の購買行動に過度の負担となって、売上にマイナスの影響を与えてしまうこともあります。この現象を検証したのが、1995年にスタンフォード大学のマーク・レッパー博士とコロンビア大学のシーナ・アイエンガー博士が行なった「ジャムの法則」と呼ばれる実験です。
実験は、スーパーマーケットでジャムを試食した顧客に割引クーポンを渡すという特設ブースを作り、
1.)ある週末には24種類のジャムを並べる
2.)別の週末には6種類のジャムを並べる
ことで、選択肢の多寡の違いで、試食率・購買率等の顧客の反応の違いを調べるというものです。
結果は、
1.)24種類のブースでは、立ち寄った顧客の60%が試食。そのうち3%が購入。
2.)6種類のブースでは、40%が試食。そのうち30%近くが購入。
この実験結果から、「選択肢過多」が売上に負の影響を与えることが証明されました。選択肢が多すぎると購買意欲が低下してしまうため、ある程度限定した方が購買に結びつきやすいことが示されたのです。
その原因は、
●多くの人は提供された全てを比較検討する能力を持ち合わせていないため、選択肢が一定数を超えると選択すること自体を拒絶するようになってしまうこと。
●選択肢をどのように評価して良いか、基準を十分に持ち合わせていないこと。
です。
先ほどのジャムのケースなら「味見」によって比較しますが、24種類を比較することはとても難しいですし、「美味しさ」の順位をつけることも殆どの人はできません。その結果「どのジャムを買うべきか?」に、自分自身が答えられなくなって、購買を見送るという判断がなされたと考えられています。
●もう1つの要素は「切り捨て」へのストレスです。
切り捨てなければならない選択肢が多いと心理的負担が増し、「どれが本当に良いか」選ぶ負担に加え、買った後「他の製品の方が良かったかも知れないと後悔してしまうのでは?」と思い悩む可能性も考えてしまいます。その悩みから開放されるのは、「買わない」という選択です。
さらに、最近では、ウェブやSNSの普及で商品の周辺情報や口コミなど、情報自体の選択肢が過多になってきました。そうした状況では、自ら考えることをやめて大多数と同じ採用をする「選択の放棄」が起こることも増えているのです。
医薬品のケースでも、多くの疾患領域で治療の選択肢が増えています。たとえば、高血圧治療薬では、ACE阻害薬・ARB・利尿薬・Ca拮抗薬・β遮断薬といったカテゴリーがあり、さらに配合剤・ジェネリック医薬品があります。それぞれのカテゴリーの中には、多数のブランドが存在しますので、それらを組み合わせると膨大な選択肢です。
患者さんのことを考えれば、病態や個々の事情に合わせて選択肢が増えることは喜ばしいことです。しかし、専門医以外ではこれらの選択肢に関する情報をすべて収集し、評価し、治療薬を決めることは、現実には難しいでしょう。
医薬品マーケティングにおいては、一般的な消費財とは違って、患者さん本位で考えれば、「選択肢が多すぎるから市場から撤退する」ということはできません。多い選択肢の中で、選択をしてもらえる情報提供のあり方が大きなポイントです。「選択肢過多」に加え「情報過多」の中で、医薬品マーケティングの「コミュニケーション戦略」は、ますます創意・工夫が求められていますね。